もしも自分がいなければ、お客様、クライアントさんはそちらに行っていたという『代わり』の存在のことを、「競合」と呼びます。
今はほとんどのサービスで、ひとりしかやってない、1社のみ、なーんてことはなく、
似たようなことを多くの人が提供しています。
それゆえ何かを買うときには、その似たような中から、より自分にぴったりのものを選択したいので、
「どれ(誰)にしようかな?」
と選ぶことになるし、また選ぶことが楽しかったりもします。
これがコンビニで100円のお茶を買うのなら、頭の中で一瞬の比較で決められるのですが、(それでもけっこう迷ったりする…)
金額が高かったり、
デリケートな問題を解決するためのものだったり、
人生を左右するような重要なものだったりすると、
だいたい3つか4つは候補を挙げて、
「どれ(誰)にしようか?」
と、比較検討することになりますよね。
比較サイトとか相見積もりとか、普通のことですし。
別に競争してるつもりはないけど、
お客様は、自分と「競合」との間を、ウロウロするわけで…
そして、お客様が「競合」ではなく自分を選んでくれる理由が「強み」なので、
自分は『誰』と比較されることが多いのかについては、やっぱり押さえておくのがいいと思います。
で、
これを読んでくださっているあなたは、「競合」とか「戦略」とか「戦う」という言葉さえも、
「なんかねぇ、違うのよねぇ…」
だと思うので、(私もです)
私が採用している概念を、ここで紹介します。
それは、1対1の格闘技ではなく、ダンスやフィギュアスケートのような「採点競技という捉え方」で、
ただ違うのは、「採点するのは審査員ではなく、お客様」ということ。
自分や競合を「花」だとすると、
お客様、クライアントさんは「蝶」。
自分も競合も、精いっぱいのパフォーマンスをして花を咲かせていて、蝶はあっちへ行ったりこっちへ来たりと、「どれ(誰)にしようかなぁ」と比較検討してるんですね。
これは私が使っている「戦略BASiCS」というフレームワークの中にある概念で、
佐藤義典先生の本の中でこの喩えを見たとき、
「戦わなくていいんだ!みんな違ってていいんだ!」
と、とても嬉しくなったのを覚えています。
「採点するのは審査員ではなく、お客様」ということは
正解はないし、正解がないなら自分の外に答を求める必要もない
誰かのようになろうと頑張る必要もないし
それぞれが、それぞれのままでいい
ただ自分が何の花なのか、知るだけでいい
そして精いっぱいの花を咲かせればいい
「市場調査?お金儲けのこと?」と勘違いしていた「マーケティング」は、
まるで人生哲学のような、生き方そのものに通じるということがわかり、
そうしてはまっていったというわけです。
他者(競合)がいるからこそ、自分との「違い」がわかり、
役割の違いや貢献するお客様の違いも見えてくる。
「競合」って、自分を写す鏡のような存在ですね。