次の時代へ案内する

マーケティングと心の仕組みを使って「みんな違って、みんないい」世界へ

信念とビリーフの違い

 

「ビリーフリセット®︎」をゆる〜く解説するシリーズを書いています。

meg-m.hatenablog.com

 

この中で、「ビリーフ」と「信念」を分けて定義しているのですが、

 

具体的に、どう違うの?

というのを、私が腑に落ちた感覚で書いてみたいと思いました。

 

思い込みをとっぱらって軽くなろう!

クリアになろう!ビリーフは持ってちゃいけない…

って、ついなりがちなんですが、果たしてそうなのか?

「〜〜してはいけない」

「〜〜しなければならない」

は、少ない方がいいのか?

 

ビリーフは自分を制限する思い込みだから、たしかに多すぎると生きづらいし、自由に思い通りに行動するのには邪魔になります。

 

そこで今回のテーマなんですね。

 

「あなたにとって、生きる上で大切な信念は何ですか?」

 

という問いに、どう答えるのか。

 

「生きるとは、○○である」

「そのためには、〜〜するべきである」

「そのためには、〜〜してはいけない」

 

という言葉で表されるように、「信念」と「ビリーフ」は同じ構造ですよね。

 

単純に、ポジティブなのが信念でネガティブなのがビリーフ…

ってわけでもなく。

 

 

で、私はこんな感じで捉えています。

 

◎信念

自分のアイデンティティを支える考えで、自分の内側にある骨(構造体)

 

◎ビリーフ

成長過程で生き残り戦略として身につけた考えで、自分の外側にある鎧(防護服)

 

 

 

信念とビリーフの違い

信念とビリーフの違い


 

「ビリーフリセット®︎」では、「してはいけない」「しなければならない」という考え自体を解体し、

「してもしなくても、どちらでもいい」

に着地するのを目指すのですが、

 

そこで終わりではなく、その人の本質が開花することをゴールに見据えています。

人の本質を支えるもの、それが「骨(信念)」であり、

それは「どちらでもいい」になってはいけないものです。

 

「骨」がなくなったら、クラゲのようにふにゃふにゃになりますね。

それはアイデンティティの喪失とも言えるので、「生きる」ことが無意味に感じられるかもしれません。

 

またもしも、「骨」が逆側の考えに切り替わったとしたら、それはアイデンティティがひっくり返ることになるので、

まるっきり人格や生き方が変わってしまうでしょう。まるで、悪魔に魂を売り渡すかのように。

 

 

ちなみに私の場合は、

「みんな違って、みんないい」世界観をベースに、

「生きるとは、個を輝かせることだ」

「人は、自由であるべきだ」

「個は、尊重されるべきだ」

「人は、支配することもされることも、あってはならない」

を、信念として持っているので、

 

SF小説などで描かれる「監視社会」「ディストピア」には、強烈な嫌悪感(憎しみも)があります。

 

明らかにそちらに向かっている近隣国もあり、

時代の転換期である現在は、

「人類はどちらを望むのか」その帰路に立っているようにも思えます。

監視社会を許すのは、羊の群れ

監視社会を許すのは、羊の群れ





 

あなたの「信念」大切にしてくださいね。

 

もし私が、「監視社会、サイコー!守ってもらえるし何も考えずに生きられていいよね」とか言い出したなら、

 

 

あいつ、魂、売り渡したんだな

 

 

って思ってください。