マーケティングと心理と建築と

マーケティングと心理カウンセリングを学んでいます。建築にどう活かすか、研究中。

その目的と解決策は?・・・正論おじさんの場合

巷で話題の「正論おじさん」

 

なぜこんなことやってるの?という「原因」について、前回の記事で書いてみました。

 
meg-m.hatenablog.com

 

 

「原因」は「過去」の側にあるので、原因を探っていくとどんどん過去にさかのぼっていきます。

 

では「過去」ではなく、「未来」の方向を見てみると・・・

おじさんの行動、その「原因」ではなく「潜在的な目的」は何でしょう?

 

 

おじさん、いったい、何のためにこんなことやってるの?

 

 

 

それは、

 

 

 

「社会とつながるため」

 

 

です。

 

 

たとえケンカになっても、

警察のお世話になっても、

メディアに取り沙汰されても、

 

です。

 

 

端から見たら、

「え~?あんなトラブルになって、お互い嫌な思いをしてるのに!?」

「全然、つながってないじゃん」

って思うかもしれませんが。

 

 

 

小さな子どもが、

寂しくて、

自分の方を見てほしくて、

もっとかまってほしくて、

親に対して問題行動を起こしたりしますよね。

(この場合の『問題行動』とは、『親にとって都合の良くない行動』という意味です)

 

結局怒られて泣いて、自分も親も嫌な思いをして・・・という結果になったとしても、

その行動の潜在的な目的は、

「こっちを見て!もっとかまって!」を満たすためなので、

たとえこっぴどく怒られたとしても、目的は達せられるわけです。

 

 

子どもにとっては、

こっちを見てもらえない、

かまってもらえない、

放置されている、

ひとりぼっち・・・

 

より、遥かにメリットがあります。(潜在意識の中で)

 

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おじさんも、それと同じで。

 

 

定年退職して、

誰からも必要としてもらえない、

こっちを見てもらえない、

かまってもらえない、

なんだかひとりぼっち・・・

 

よりは、

たとえトラブルになろうとも、社会と摩擦を起こしている方が遥かにメリットがあります。(潜在意識の中で)

 

人間が「死」の次に恐れるのは、「孤独」なのかも。

 

 

この構図、ゴミ屋敷問題の高齢者と同じです。

たとえ近隣住民とトラブルになろうとも、「孤独」でいるより遥かにメリットがあるんです。

 

現代の高齢者の方々は、戦前戦後の「モノ」のない時代を生きているので、

「モノ」に執着する人が多いのだと思います。

 

満たされない心の穴を埋めるための手段が、

ある人は「ゴミを集める」であり、

ある人は「何かに依存」であり、

正論おじさんは、「舗道にあるものをどかす行為」です。

 

 

 

 さて、この正論おじさん、

ゴミ屋敷の高齢者のように「モノ(ゴミ)」に執着ではなく、

 

 

なぜ「舗道にあるものをどかす行為」なんでしょうか。

 

そこには、このおじさんにとって大切な「価値基準」「信念」があります。

 

 

報道によると、この行為を始めたきっかけは、

「点字ブロックの上に、モノが置かれていたから」

だそうです。

 

 

点字ブロックは、視覚障害者にとって命を守る大事なもの。

その上に無神経にモノを置く行為が、このおじさんには許せなかったんですね。

 

 

人は、自分が大切にしている「価値基準」「信念」を犯されたとき、怒りを覚えます。

 

 

つまりこのおじさん、

 

社会的弱者への愛にあふれている人です。

 

 

彼らと同じ目線になることができる人です。

彼らの気持ちに寄り添うことができる人です。

そして彼らを守るための行動力もあります。

 元気に動くための体力もあります。

 

そんな素晴らしい人なのですから、

 

松坂市の商店街、または観光協会、またはそれに類する何かの団体の方から、

 

 

ぜひこのおじさんに、

何かお仕事を正式に依頼するのが良いと思います。

 

 

 

「舗道にあるものをどかす行為」の「潜在的な目的」が、「社会とつながる」ためなのですから、

 

「社会とつながる」という目的が達成できれば、

「手段」としての「行為」は何でも良いわけです。(潜在意識の中で)

 

 

 

 小さな子どもが何か問題行動を起こしているとき、

 

ほとんどの場合、それは

「もっとこっちを見て!」

「もっとかまって!」

「寂しいよ・・・」

の、サインです。

 

 こっちを見てもらう「手段」が、「問題行動」となって表れているんですね。

 

 

 だから、親がもっとたくさん時間をとって子どもと一緒に遊んだりして、子どもの心が満たされれば、

「手段」としての問題行動は消えるか、別のもっと嬉しい行動へと変化します。

 (ああぁ、過去の自分に反省・・・娘よ、ごめん)

 

 

この正論おじさんも同じで、

周囲から何かお仕事をお願いされて、それに応えて毎日を過ごすことができたなら、

 

「社会とつながる」という目的が今よりもっと良いかたちで達成できるので、

 

「舗道にある看板など、ものをどかす」という現在の行為は消えるでしょう。

 

 

正論おじさんが本来持っている「社会的弱者への愛」を、

適切なかたちで適切な手段で周囲にそして社会に還元し、周囲からもその恩恵を受け、より良き循環ができることを願います。

 

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